Moody Crossing

気分屋交差点

受験勉強のコツ? 英語が苦手でもそこそこ文学部に入るには。※古いけど長文読解と英作文を中心に

お題「受験」

はじめに

ごきげんよう。さっこ(id:moody-theory-sakko)です。
すごくうさんくさい話になりそうなお題「受験」が、お題スロットで出てきたので、書いてみます。
基本、やる気がないので、わざわざ受験なんかしにいかないため、資格とかも、運転免許と簿記2級と秘書検定2級くらいしか持っていなかったと思う。

でも、過去に、「都会で一人暮らしをしたい」という不純な動機で、わりととても頑張った大学受験の話で書いてみます。

わたしが受けたのは、全部、文学部で、阪大(大阪)、早稲田大(東京)、同志社大(京都)、立命館大(京都)、東京女子大(東京)でした。学科は、分かれてる場合は、国文学系だったと思うですが、どうだったかな。
それで、全部受かったですけども、せっかく浪人しなかったけど、田舎の子が都会に出たらこうなる、みたいな、デカダンな放蕩生活をして、留年していました。
いまだに、就職決まったのに単位が足りないシチュエーションで、夢の中でうなされます。リアルな夢を見ます。まじ怖いです。

でも、入るだけなら、出来るよ☆
ただし、失敗は共有できる情報だけど、成功は運もあるから鵜呑みにしないで情報だと思います。
だから、半信半疑で読んでください(。-人-。)

もうすぐ20周年、大学受験全勝の秘訣?

わたしの勉強開始前、高校3年生の4月のスペック(記憶)

国語(現代文も古文漢文も)だけ偏差値でいうと70以上。日本史60くらい。英語55。ほかは赤点でした。

「数学なんか嫌い」という理由で、文系選択、「政治経済なんか興味ない」という理由で、社会は、世界史と日本史を選択、「仲の良い子が私立文系ではなく国立文系」という理由で、同じ選択して、数学と生物も授業には出ていました。
全くもって、自分のことも、周りのことも、世界のことも、将来のことなんかも、考えてなかったですよ!
当時は、遅い思春期が来ていたのもありつつ(高2までブラジャー不要生活者でした)。
全然かわいくないし、当時の自分を、はたき倒してやりたい!

高校3年生の6月から勉強を開始する場合、科目の取捨選択が鍵かも。

いきなり、うさんくさ度が満点だし、そもそも、もうすぐ20年も前の話なんだな、ということをふまえてくださると良いですが。

たまたま、3年生で担任の先生が変わったのです。
その先生が、4月の進路指導で、
「さっこよ。あんたは、国語だけ出来てるだよ。あんたみたい子と男子は、後から伸びるだよ。どうかね? 東大文3は? あんたは、京大より東大て気がするよ」
と。

わたしは、「就職してお金を稼いで家を出たい」とか、社会をなめたことを言っていましたが、大学入って家を出る方が、現実的である、と。
うちは、妹が多いから、「県内の大学に自宅から通ってくれると嬉しい。浪人はだめ」みたいなことを、親からは言われていましたが、「入ってしまえ!」と。

それで、無理でしょ。科目多過ぎ! と思いました。

当時、東大に入るためには、センター試験で、国英数社理、2次試験(前期試験)でも、数学と社会が2つ、論述で、ついてきてたはずです。

それで、わたしは、4月と5月に、うーむ、と考えてから、6月に重い腰を上げたですが。

つまり、落ちたら、余計な科目を勉強したのが無駄になるから、私立文系の国語・英語・社会を主にやりつつ、センター試験の前だけ、数学と理科をやる、という方法を考えつきました。

たまたま、阪大の文学部は、前期試験で、英語と国語は必須だけど、あとの科目はもう1個だけ。つまり、3科目で済んで、数学と社会の論述のいずれかを選択出来たのです。

社会2つと嫌いな数学を、記述・論述レベルまで上げるのは、間に合わないから、という、へなちょこな理由で、国語と英語と日本史だけ、普段は勉強してた、ということです。

でも、センター試験の前に、数学と生物やりました。足切りに合わない程度にだけど。
貯めまくっていた進研ゼミの教材を使ったと思います。進研ゼミは色つきの絵が多いけど、Z会だと、絵が少ないっぽいから、わたしには読む段階で挫折してしまうと思います。
授業も途中から、勉強始めてからだけど、ちゃんと聞いたよ。だから、成績も2から8まで上がったよ。

常に満点を取る国語と社会。ほどほどにごまかした英語。

わたしは英語ができない。

今は、英語のリスニングの比重が増えたと思うから、ごまかしようがなくて、ほんとに出来る子に有利になって良かったと、思っています。わたしは弾かれちゃうけど、やっぱり何かを学ぼうという志が高い人が、入れるべきだから。

でも、英語が苦手でも、一定の点数(出来なくはないくらい)に達していて、国語と社会で満点取れたら、受かる、ということだと思うのです。
今は、どうだか知らないけど。
国語と社会については、実際に満点だったかは分からないけども、書けなかったというところは、なかったです。

苦手な人が英語の記述で稼ぐこつ。だいたい論述は減点方式の採点であることをふまえて。

知らない単語は推測して読み、知ってる簡単な単語のみで出力する、に尽きます。

もちろん、語彙を増やすことは大事ですけども、そんなの覚えてられるかよ! と、わたしの場合は思ってしまいました。
面白い話なら、日本語で書いといてくれよ、て思う方です。

それで、いつも、本番も、知ってる簡単な単語だけで英作文をしていたわけですが、その前に、知らない単語を推測して読むためには、ちょっとだけ、文法的な構造を取れるように、勉強をしないといけません。
いわゆるSVOCとかの。
あと、副詞節とかが、どこからどこまでで、どこにかかるのか、とかも、取れないといけない。
残念だけど、それはやらないといけない。苦手なら、なおのこと。


結構、読み書きのスピードも要求される。だけど、「否定の後の肯定」は、筆者が強調したい事柄であることが多い。

品詞や文法構造を、考えなくても、自動で取れるようになっても、文章は長いし、読んだあと、たくさん書け、と言われちゃう。苦手でも。

そんな時、役に立つのは、英語の文章を書いた筆者の主張がどこに書いてあるか、あらかじめ目星をつけてしまう方法だと思うのです。わたしのしょぼい経験からいうと。

筆者の主張は、例えば、「◯◯ではなく●●」という風に、来ることが多いです。
英語で言うと、not ◯◯ but ●● とかです。

つまり、「◯◯ではない」とか「しかし」が出てきたら、そのうち、「つまり」とかから続く肯定文が出てくるのです。

これは、国語の現代文でも言えることかと思います。

だから、あとから、参照しやすいように、接続詞と否定語を鉛筆でチェックしながら読んでいました。

また、自分が書く時にも、そういう文章の強調の仕方は、使っていたかもしれない。

得意だった国語と日本史のマニアックな、他の人と差をつけるための勉強方法。

私立文系て、内容がマニアック。国立文系の論述は、内容は基本だけど、自由に使えこなせる感が必要。だったかな。

国語は、和歌の解釈まで勉強してみたよ。

「みをつくし」とか掛詞の種類まで把握していたかも。
これはね、古文の中で、いきなり和歌の解釈が出てくることがあるから、やってみたけど、山が当たったかも。本番に出てた気がします。
もちろん、古文・漢文の文法とか、基本は覚えて使えた上でのプラスαです。

日本史は、史料問題集とかもやってみてた。

図書館とかで勉強中の高校生が、教科書の太字にラインマーカーを引いているのを見ると、「あっ。それだめ(*ノ´Д`)ノ」て、老婆心ながら思います。

記憶が勝負のところもあるけど、教科書本文の太字以外の「教科書的な歴史的意義」や、欄外の小さい字の部分を、なんていうだっけか、テーマ史的に、ページを前後しながら、自由に引いてこれるようになると、太字の言葉は忘れようがない感じです。

いわゆる、芋づる式記憶、ということです。

記憶も幸せも、細部に宿るですよ☆

史料問題集は、おすすめかもしれない。
もう記憶にないけど、山川のを使っていたかも。

おわりに。大学に入ってみて、どうだったかとか。

周りの友達は、みんな凄かったんだ。
なんていうか、人間的に尊敬できるような人が多くて、勉強もちゃんとしてるけど、遊び方も面白いし。

わたしは、本を読むのが好きだったから、なんとなく文学部だったけど、好きのレベルも、詳しさのレベルも、全然、違っていてね。

わたしは、打ちのめされて、ドロップアウトしてしまった。
もったいないことをした。最先端の研究者の話を聞ける機会を放棄してさ。

それで、仲良かった友達とは、そもそも、お育ちが違う気もする。リュクスに解脱してるような。
うちなんか、ホールのケーキを取り合いしてたのにさ、ケーキくれたりするような。既に足りていて、慈愛に満ちた感じで。

当然、英語が苦手というか、小手先しかやっていなかったわたしは、1、2回生で取っておく語学の単位(3種類)を、5年目まで落としまくり、死にました。大変でした。


そんな感じです。

あと、国語だけ、わたしが元から出来ていた件ですが、子供の頃、本が好きで、よく読んでいました。
今は、活字、病気で上手く頭に入ってこないけども、何冊くらい読んでいたかな?

でも、本が好きになったきっかけは、怒りん坊の父方の祖父が居て、本の虫でね、いろんな大人の読むような本があったこと。
あと、小学2年生の時、「プラム川の土手で」という子供向けの本(結構長い。字ばっかりの)を読みきったタイミングで、その祖父が、なんでか知らないし、なんて言ってたか忘れたけど、褒めてくれたこと。
それで、それが嬉しくて、お調子に乗って、読み漁ったのだと思います。
もう、何を読んだか、覚えてないけど。

プラム川の土手で (講談社青い鳥文庫(53-3)―大きな森の小さな家シリーズ 3)

プラム川の土手で (講談社青い鳥文庫(53-3)―大きな森の小さな家シリーズ 3)


文学部に入った時も、おじいちゃんがすごく喜んで笑ってくれた。
もう死んじゃったけどね。

おしまい。
ばいならヾ(・ω・o)

追記 2017年5月7日 15時半過ぎ

語学というのは、やっぱり、コミュニケーションが出来るレベルでないとかも。
おもしろおかしく人と話すことが出来るためには、語彙がたくさんないと、気の利いた言い換えも出来ないし。
かといって、今更、勉強はしないけども、こないだも、外国人のお客さんに、「Thank you! Please come again」て言ったら、しゃべれるかと思われて、やばかったなぁ!
でも、なんだか、ダブルバインド的な何かがある。グローバルな人を目指して、と言いながら、空気読め、と言われたりとかさ。
今後、どうなるだかねぇ?!

ちなみに、小学生の甥っ子たちは、子供向け英語番組の、ゆりやんレトリィバーが大好きで、なんだかんだ言って、真似してます。