Moody Crossing

気分屋交差点

若い子のマイナス感情表現が「むかつく」から「うざい」に変わってる気がする20年前のJK

はじめに

ごきげんよう。さっこ(id:moody-theory-sakko)です。

いつもおひとりさまのわたし。
他人との交流は限定されてるから、サンプルが少ないんだけど、記事タイトルのとおり、若い子がマイナス感情を発散する時の一言が、20年前の、なんでも「むかつく」全盛期に女子高生だったわたしからすると、なんでも「うざ!」、つまり、「うざい」に変わっている気がするですよ。

サンプルは、うちの小学生の甥っ子2人、こないだバスにいた中2の男の子3人組、コメダで順番待ちしてたJKくらいしかいないし、場所は、静岡県
ドラマもこのところ見てないし、20年という断絶があって、変化の途中の事情が分からないながらも、にょろにょろと書いてみます。

なお、中2の男の子のことは、記事に書いた。

moody-theory-sakko.hatenablog.com

「わたし、むかついてる」の構造だった20年前の「むかつく」時代から、「◯◯、うざい」の構造になってるように思われる2017年という今

厳密に言えば、「むかつく」も、「あいつが」とか「それが」とか、主題を限定したり断定することもある。
だけど、日本語、詳しくないから、分からないけど、むかついてるのは、ほかでもない「わたし」だった。

一方、「うざい」と思っているのも、紛れもなく「わたし」のはずで、「わたしはうざい」のはずなのだけど、使われている文脈では、どうも、「わたしは」が不在。
「あいつが」「あれが」「うざい」
つまり、うざいことをした人や、うざいものが、主たるテーマだと思うです。

まあ、「むかつく」も不在だったのかなぁ?
どうだろ?

いずれにせよ、「むかつく」も「うざい」も、何かに誘発され、主語や主題を省き、一単語だけで、使われているにせよ、なんか、ポイントが変わってる気がするですよ。



相手への怒り「むかつく」から、相手の存在の否定「うざい」?

もやもやするのは、自分の感情表現ではなくて、小蝿が鬱陶しい時の形容みたいな表現になっている気がすること。

どうなんだろ? どうなんだろ?

でも、「むかつく」は、「わたし、むかついてるの!」という主張ではあった気がするですよ。
「うざ」は、なんだろう? 主張ではないよね。



おわりに。教えて、分かる人!

書こうと思っても、このもやもやを、書き表すための、日本語検証能力がないです。
助詞の正しい区分さえ分からないし、そもそも、「むかつく」も「うざい」も、しばしば助詞は省かれる。

ただ、行為の主体が変わってきているのかな? とか、うざい主題が話の中心になって、わたしが消えたのかな? とか。
「わたし」は、どこに行ってしまったの?
まさか、棚に上げよった?

こういうこと考えると、わたし、おばさんになったな、て、思うけど、単純に嘆かわしいとかは思ってなくて(だって、最近使わないけど、むかつく多用世代で批判されたし)、ただ、自分の腹の立つことに関する世界の言語的な位置づけが、20年前とは変わってきているのかなぁ、って。

若い人、また、子どもを持つ、お父さん、お母さんの方、「うざ」、使ってますか?
また、日本語的には、どうなんだろ?
海外ではどうなんだろ?



まとまりなくてすみません。最近、気になることでした。
なんかね、小2の甥っ子なんかが「うざ」と言う度に、震えあがります。
うちでは誰も使わないから、学校で覚えてきたと思うけど。

おしまい。
ばいならヾ(・ω・o)

追記

言葉足らずだけど、「むかつく」は、わたしの身体の一部、例えば、胃の腑とかのむかつきを連想させる、ソウルのある言葉かも。
「うざい」は……、使わないから、分からない。